【特集】瀬戸内海の小さな離島「六島」は地ビールの理想郷だ!

六島浜醸造所の定番ビール3種 ※写真提供:六島浜醸造所

この記事は、ビアジャーナリストアカデミー(主催:日本ビアジャーナリスト協会)16期の卒業制作課題として執筆しました。書き足りなかった点や反省点はブログで補足しておりますので併せてご覧ください。
また、現地で3日間密着取材をした時の記事も公開中です。六島の雰囲気やビール作りの過程を詳しくご紹介していますので是非ご覧ください↓
六島のビールの魅力に迫る!(全9回シリーズ)
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離島の魅力をまだ知らない、ビール大好きな皆さまへ!

「人口60名の離島で作るビール」と聞いたとき、あなたはどんな印象を持つだろうか?離島旅を愛する人なら解説するまでもなく心惹かれると思うが、離島に興味がない人にとってはピンとこないかもしれない。ビール愛好家の中には「なんでわざわざ離島で作るの?」と懐疑的な方もいらっしゃるだろう。もしあなたがそうなら、必ずこの記事を最後まで読んで欲しい。これから紹介する人口60名の離島、岡山県の六島(むしま)で作るビールは、ビールが大好きな人にこそ体験してもらいたい「理想の地ビール」なのだ!

離島は「理想の地ビール」に近い場所!?

六島のビールの魅力を紹介する前に、まず前提として、私の考える「理想の地ビール」をとは何かを明確にしておきたい。また、一般的に離島という場所が地ビールといかに相性が良いかについても解説しておく。

「理想の地ビール」とは

私の考える「理想の地ビール」とは、端的に言うと「地域の誇りとなるビール」である。ビール作りと地域貢献への情熱を持ったブルワーが、その地域に合った美味しいビールを作り、それが地域住民や客を呼び寄せ、さらに魅力度を増し、ついには地域の誇りになっていく。下図のようなイメージである。

地ビール作りにおける離島の優位性

この「ブルワー」「ビール」「住民&客」の3要素のうち、「住民&客」を大きく左右するのはブルワリーの立地だが、この点で離島には大きなアドバンテージがある。なぜなら一般的に離島という場所は、人々の地域への愛着が強く、地域の課題への意識も高いからだ。
その理由の一つは、周りを海に囲まれて輪郭がはっきりしていることが挙げられる。特に小さな島ほど「自分のいる場所」を否応なく意識することになり、住民のみならず訪問客もその地域に対して特別な感情を抱きやすくなるのだ。
もう一つの理由として、少子高齢化をはじめとする社会問題が本土より進行していることが挙げられる。離島の置かれている社会状況は極めて厳しく、それゆえに地域の課題に対して関係者の当事者意識が高い傾向にある。
離島でのブルワリー経営には、本土に比べて不利な面(インフラ、市場規模など)も沢山あるが、人々の地域に対する想い入れが充満しやすい土地柄なので、情熱を持ったブルワーが起爆剤となって理想的な地ビールの好循環を生み出しやすい立地だと私は考えている。

「理想の地ビール」を具現化した六島

そのような地ビールの好循環が回りはじめた離島が、瀬戸内海のど真ん中に存在する。JR山陽本線笠岡駅近くの港から定期船で約1時間、途中の島々を経由して最後に辿り着く岡山県最南端の島、六島である。人口60名ほどのこの小島には「六島浜醸造所」というマイクロブルワリーが昨年誕生した。

六島の浜辺からの眺め

六島浜醸造所外観

情熱あふれる移住者がブルワリーを開業

オーナー兼ブルワーの井関竜平さん(36歳)は生まれも育ちも大阪だが、祖母の暮らす六島に2016年に移住してきた。過疎化・高齢化が進む六島に対して「課題よりも可能性ばかりを感じた」という井関さんは、移住後まもなく島民から「昔の六島は麦栽培が盛んだった」という話を聞き、この島で育てた麦でビールを作ることを決意。自らの手で島の麦畑を60年ぶりに復活させるとともに、吉備土手下麦酒(岡山県岡山市)でビール醸造を学び、六島産麦でビールを本当に作ってしまった。
その後も島内にブルワリーを作るべく精力的に活動を続けた結果、最初は訝しがっていた島民たちも情熱にほだされ、ついには醸造所の建設を手伝ってくれるようになった。醸造所の床は島民お手製の土間コンだし、天井の梁は浜辺に流れ着いた流木を使って島民が補強してくれたものだ。こうしてブルワーと島民が一体となって作り上げた六島浜醸造所は、六島の新たな象徴となった。

六島に復活した麦畑の様子(2017年5月) ※写真提供:六島浜醸造所

古民家をリノベーションした六島浜醸造所の屋根裏(奥の梁の左側の傷みが激しかったため、島民が流木を使って接いでくれた。)

ビールの味へのこだわり

六島浜醸造所の定番ビールの一つに「六島ドラム缶会議」という変わった名前のビールがある。六島産ひじきを使用したラオホビール(煙で燻した麦芽で作るスモークビール)だ。

天然ひじきを使用したラオホビール「六島ドラム缶会議」 ※写真提供:六島浜醸造所

名前の由来は、醸造所の前の浜辺を見ればすぐに理解できる。冬の寒い時期には天然ひじきを天日に干す光景が広がり、その横ではドラム缶の焚火を囲みながら島民が談笑をする、通称「ドラム缶会議」が日々繰り広げられている。この六島の日常風景を凝縮したのがこのビールで、ラオホ特有のスモーキーな香りは、まさにドラム缶の焚火を彷彿とさせる。

冬の六島ではひじきを天日に干す光景が見られる

通称「ドラム缶会議」の様子

あまりにストーリーが秀逸なので、そこにばかり注目が集まりがちだが、味へのこだわりにも注目したい。ひじきは味や香りが強い食品ではないのでビール本来の香味を損なう心配がない一方、豊富に含まれている旨味成分(アミノ酸)が酵母の栄養となり発酵に良い影響を与えるため、キレがよく、深みのある味わいのビールが出来上がる。副原料が余計な主張をせず、完璧な黒子役として美味しさに貢献しているのだ。

六島浜醸造所では、短期的な話題性を狙ってビールを作ることはしない。地元産の牡蠣を使ったオイスタースタウトや、イチジクを使ったフルーツエールなども手掛けているが、どれもビールを美味しくするために吟味して採用した材料である。特産品だからといってビールに合わない材料は決して使わないし、IPAが流行りだからといって六島に合うストーリーが浮かばない限りは手を出さない。どのビールにもしっかりとしたブルワーの哲学が感じられる

醸造所内での作業においても妥協は一切みられない。吉備土手下麦酒で学んだビール作りの基本に忠実に、使用器材の洗浄と消毒を愚直に実践している。醸造設備類は中古で入手した年季物だが、すべてがピカピカに磨き上げられ、輝きを放っている。すべての作業を一人でこなすのは大変な重労働であるが、「わざわざ六島に来る人は、全員が六島に興味を持ってくれている人だから、一人一人のお客様を大切にしたい。」という想いを原動力に、妥協のないビール作りに日々取り組んでいる

器材の洗浄・消毒作業は夜遅くまで続く

島民と観光客をつなぐビール

だから六島浜醸造所のビールは、開業1年目にして多くのファンを惹き付けている。週末の併設パブは島外からの観光客で大いに賑わうが、一番のファンは島民だ。いつでも気の向いたときに一杯だけふらっと飲みに訪れるのが島民のスタイルである。井関さんは、そうした島民を心から歓迎し、感謝し、真心を込めて一杯のビールを注ぐ。価格はワンコイン(500円)と、地ビールとしては良心的すぎる値段だが、島民に気軽に飲んでもらいたいという想いがこもった価格設定だという。
島民も観光客も、みんながビールに集まってくる。だから、醸造所の目の前の浜辺では、島民と観光客との間で自然な交流が生まれる。タイミングが合えば、島民と一緒にドラム缶を囲みながら地ビールを楽しむといった、他では味わえないビール体験もできる。その様子もまた、六島の新たな風物詩として定着しつつあった。残念ながら現在は新型コロナウィルスの影響で島内でのパブ営業は休止中だが、一日も早くこの状況が収束し、またあの素晴らしい光景が復活することを祈るばかりである。

島民と観光客がドラム缶の火を囲みながらビールを楽しんでいる。

地ビールが六島にもたらしたもの

私が六島を初めて訪れたのは2019年8月、六島浜醸造所のプレオープン当日のことだった。人口がたった60名で高齢化率も高いと聞いていたので、いったいどんな雰囲気なのかと恐る恐るの訪問だったが、到着してすぐに不安は消し飛んだ。なぜなら島民の顔がみな明るく、島への愛着と誇りに満ち、そこから生まれる余裕のようなものが感じられたからだ。2020年1月に再び訪問した時の印象も全く同じで、島のどこを歩いても「陽の気」を感じた。
昔の六島を知らない私でも、六島浜醸造所の誕生がこの島の雰囲気を明るくしたことは想像に難くない。「こんな小さな島でも、素敵なビアパブで美味しいビールが飲めるんだ!」ということは、人口が減るばかりだった六島の島民を大いに勇気づけ、島の持つ可能性を再発見するきっかけになったに違いない。六島浜醸造所のビールは、まさに地域の誇りとなるビールであり、「理想の地ビール」だと私は思う。

六島のビールを今すぐ飲みたい!という方へ

ここまで読んだあなたは、今すぐ六島のビールを飲みたくなったはずだ。六島浜醸造所の公式オンラインショップでは通販対応もしているので、瓶ビールを取り寄せて自宅で離島気分を味わってみてはいかがだろうか。
また、六島行きの定期船が発着する本土側の港(笠岡港)では、月1回の頻度で「ミナトの休日」という地元のグルメを集めたマルシェを開催しており、そこでなら六島浜醸造所のビールをオンタップで飲むことが出来る。(開催日や開催内容は六島浜醸造所の公式ホームページで要確認)

笠岡港マルシェ「ミナトの休日」の様子 ※写真提供:六島浜醸造所

そしてコロナ禍が過ぎ去ったときには、必ず六島を訪れて、現地でその魅力を体験してほしい。一度その感動を味わったなら、離島が好きな人はビールを好きになるし、ビールが好きな人は離島を好きになるに違いない。

この場所で飲むビールの味を想像してほしい。 ※写真提供:六島浜醸造所

現地で3日間密着取材をした時の記事も公開中です。六島の雰囲気やビール作りの過程を詳しくご紹介していますので是非ご覧ください↓
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【この記事の著者】

しま彦
島に行ったら島のビールで乾杯したいという想いから、離島のクラフトビールのファンサイト「離島ビール倶楽部」を設立。本業は観光業で、持続可能な離島観光の在り方を模索中。ビアジャーナリストアカデミー16期生。
・離島ビール倶楽部 https://islandbeer.net/
・ブログ「
離島でビールが飲みたい!」 https://ameblo.jp/island-beer

【参考文献】
六島浜醸造所公式ホームページ及び公式ブログ
地方創生カレッジ「「ない」から生まれる創造力の「ある」島へ」
・海風舎「島へ。vol.107(2019年10月号)」

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